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2012年11月30日

紅葉と漱石と

工房の前の紅葉がだんだんと赤くなり、秋の深まりと冬の兆しを感じさせます。



最近は、注文の製作を進めるため、工房にいることが多く、

以前、ブログでも紹介しましたが、

また作業のBGMに朗読を聴くことが多くなりました。


あれから、いろいろと聴きました。

ドストエフスキーの<貧しき人々>やジッドの<狭き門>など、

知ってはいるが絶対に読むことは無いであろう本をあえて聴いてみたり。


志賀直哉の短編に心を奪われたり、とくに<剃刀>はGOODです。


しかし、なんと言ってもよく聴くのは、なぜか夏目漱石なのです。

夏目漱石 と言うと、誰でもが知っている 近代文学の代表です。


洋楽で言うなら<ビートルズ>、クラシックなら<ベートーベン>

絵画では<ピカソ> みたいな。


なんとも直球なセレクトです^^


ネットの朗読には、近代文学が多く、必然的に名作を聴く機会が多くなるのですが、

夏目漱石の文体と言うのが、なんとも聴いていて心地よいのです。


しっかりとして、適切な表現言い回しでありながら、

脇をくすぐらせる様なユーモアと言いますか、温もりがあるのです。


そのねちっこくもある言葉の列が、ふわふわとした毛布のような心地よい層になって

いつまでも包まっていたくなる気にさせるのです。


先日聴いた<道草>という、どんどん気持ちが下がっていく物語でも、

なぜか、心地いいのです^^


小説もですが、漱石の人柄がよく出るのは講演です。


ユーモアを交えながら、ズバリと言い当てる話は、聴いていても気持ちがよいし、

いろいろと考えさせられます。


その一つが <現代日本の開化>という講演です。


講演ですから、元は文字ではなく言葉なので、

朗読で聴くほうが、文字で読むよりも自然で合っているのです。


この講演の内容には、いまの人々にもヒントになるものが多いと思います。

といいますか、初めて聴いたときはあまりに今の時世を言い当てていて、

いつの時代の講演なのか不思議な感覚がありました。


調べてみると、今からちょうど100年前、

1911年、明治44年(明治最後の年) 和歌山での講演らしい。


<開化>とは、明治の文明開化を意味し、

日本は日露戦争に勝利し列強の仲間入りをしようかという時代である。


漱石は、そんな時代に日本を憂い、これから日本が進む道を憂いでいる。


<開化>により物質的には豊かになってはいるが、いっこうに豊かな気持ちにはなれず、

外部(外国)からのエネルギー(チカラ)によって色んなことが決められ進んでいく。


100年前の時代からすれば、今はどのくらい便利になっただろうか。

インターネットの時代では、ますますその利便性が加速している感がある。


だが、漱石の時代にも感じられた<違和感>は、今も生々しく生き続いている。


そのヒントがこの講演のなかにあります。


一時間あまりの講演ですが、何かしながらでも

聴いていただけたらと思います。

そして、なにか感じていただけたら幸いです。



  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 00:07Comments(0)日記

2012年11月22日

手のかたち

昨日の午前中は、串間で陶芸体験をしてきました。

体験者は、お年寄りの皆さん。

20名ほどで、お一人男性の方がいらっしゃいましたが、

ほか、おばあちゃんばかりです^^

一年前が初めてで、今回が2回目の体験教室になります。

皆さん、本当に器用で、それぞれ個性のある作品を作りました。


これまで陶芸体験をしていて思うのは、

それぞれに個性的な感性があると思うのですが、

それ以上に、ほんとに人それぞれに 手 の形あるなー ということです。


手 というのは、ものを作る人間にとっては、大切なツールです。

手の無い方や、手が不自由な方には申し訳ありませんが、

手 は、特別なものなのです。


以前も書いたかと思いますが、手=道具 というのには、いろんな意味合いがあります。

特に言いたいのは、手の形というのは、単純に、道具の形を意味するということです。

絵画でいえば、筆の種類や大きさ。彫刻で言えば、ノミの形ということ。

特に、陶芸の場合、素材は柔らかい土なので、触るとそのまま手の形が付くのです。


丸やV字の彫刻刀で彫った跡が違い、それぞれに違う持ち味があるように、

それぞれの手には、もって生まれた持ち味があるのです^^


そこで、昨日のおばあちゃん達です。

体験をはじめると 何人かの方が、

「私は、手のここが伸びんとよなー」

とか、

「私の手は、ここが出っぱっちょとよ^^」

と、手を見せるのです。

それが、どの方も なんとも愛らしく、素晴らしい 手 なのです。


あー、、この手から いままで どれだけのものが 生み出されたのだろうか。。

と、その偉大さに しみじみ感動するのです。


毎日の家事はもちろん、農作業などの仕事や、赤ちゃんを抱きかかえて幸せな時もあっただろうし、

逆に、辛いこともあったはずです。

ながーい時間の中で、2つの手から様々なものを生み出され、その中で、形が変わってきた 手 。


そう考えるだけで、素晴らしいのですが、


出来たものを見ると、単純に皆さん、上手!

さすが皆さん、使い込まれた上等なツールをお持ちです^^

  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 20:24Comments(0)日記

2012年11月21日

天草大陶磁器展:天草日記^^^

天草日記ですが、昨日で一応、今まで書いた分は終わりです。

が、やっぱりいろいろと書き残したいことがあるので、
ダラダラと書きたいと思います。

天草から帰ってきて2週間以上経ちました。

あれから、日記を振り返る形でいろいろと思い出しては、
考えているのですが、記憶というものはだんだんと薄れていくものです。

けれど、不思議なもので、その時は特に気にしなかったことが、
だんだんと膨らんできて、想いを巡らすこともあります。

今回は、3つそれがありますので、それをササッと書いていきたいと思います。

ひとつは、日記の続きにもなりますが、丸尾焼での懇親パーティーでの出来事です。

パーティーに出た方はわかると思うのですが、和やかな会場で、
鯉江さんが突然、怒り出す出来事がありました。

そのとき私は特に気にもとめなかったのですが、
あとで、いろんなヒントがあるなーと考えさせられました。

簡単に話すと、パーティー会場で鯉江さんが街中招聘作家の岡崎さんの作品を
「こんなのインチキだー!!俺は認めねー!!!」と怒鳴り散らしたのです。

私的には、鯉江さんの言ってることがよくわかるので、
その時は、「そーだよなー^^」と思って聞いていたのですが、

後で、「何がインチキで、何が本物なのか?」を考えるきっかけになりました。


2つ目は、招聘作家 望月さんの作品です。

確か、最終日にもう一度街中ギャラリーをフラフラと見に行って、
スマイルパーク脇の望月さんのブースにも寄ったのですが、

正直、その時には、そこまでなんにも想いませんでした^^

けど、今思えば、作品を手にしたり、眺めたりしながら、
何かがスルリと水のように体の中に入ってきた感覚はありましたね。

アート・工芸・陶器・なにやら・・いろんな要素が静かにひとつの作品になっている。
鯉江さんもそのジャンルだと思うが、違う切り口で新鮮でした。


3つ目は、映画「ワッゲンオッゲン」です。

これは、初日のハイヤのステージの時に、チラシを貰って、宣伝もしていたのですが、
面白そうな映画ですよ。

天草・牛深を舞台に、監督禱映が描く女性賛歌。大竹しのぶ主演で、かなり豪華な俳優陣です。

漁師町で、衰退都市、、私のいる日南にも通じるものがあります。
これ、日南の人たちが見ても元気になるのかなーと思いました。
遠藤憲一演じるダメ男なんて、目井津辺りにいそうですしね^^



という訳で、他にもいろいろありますが、

また来年も、天草に行けることを楽しみにしています^^

ありがとう!天草!
  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 16:59Comments(0)日記

2012年11月20日

天草大陶磁器展:天草日記^^

天草日記は一応、ここまでで終わります。

今後の課題は、PCのタイピングと文章力 ですね^^

天草の6日間の半分ぐらいしか書くことができませんでした><

一応念の為に言っておきたいのですが、天草への目的は 陶器の展示販売です。

会期のほとんどの時間は、売り場にいて接客をしてるんですよ。

では、天草日記 どうぞ!

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(11月5日午前3時38分)

タイプが進まないまま、最終日を迎えてしまった。

搬入日を含め天草の6日間は、私にとって中身の濃い時間のだ。
到底、私の拙い文章やタイピングでは表現しようがない。
今年で3度目になる天草だが、昨日の朝歯磨きをしながらしみじみと、私にってこの6日間は自分の成長に確実につながっていると感じた。

それは、陶芸の技術というよりも、人間としての成長の糧になっていると。

2日目の技術のはなし。
めちゃくちゃに端折ってしまえば、陶芸を生業としている者にとってそれは重大な問題だが、引いて考えれば、さほどたいした問題でもないということだ。
常に考えなくてはならないことだが、言ってしまえば、バランスが大切で、鯉江さんが言っていたが、「尺は、人それぞれでいい」的なこと。
バランスの取り方は人それぞれで、みんなで話し合って解決する問題でもない。

以上


2日の夜は、丸尾焼きで陶磁器展参加者や街中参加者を交えた恒例のパーティーがあった。

(と、ここまでは、天草で書き記していたが、ここから先は、北郷の工房に戻りしばらく経ってから、振り返りつつ書く事になる。記憶が薄れていく分、思考がだんだんと熟れて膨らんでいく感覚だ。丁寧にかつ、冷静に振り返ることもできるだろうが、その分、現場でのライヴ感は薄れていく。しかし、それは仕方がないことだ。)

2日目夜の丸尾焼パーティーに行く前に、少しでも街中を見ておこうと、展示してある商店街に行ってみる。

今回の街中で一番楽しみにしていたのが、真珠子さんの作品だ。

昨年、なぜか、真珠子さんの作品を見る機会を逃し、それから一年、今度こそはとの思いで足を運んだ。

FBでお友達なので真珠子さんも私のことを分かってくれて、笑顔で出迎えてくれた。
この時期の天草としては少し冷えた夕刻のなか、真珠子さんの小さなブースは、ヒーターで温まっており、ピンクのホワホワとした全長10メートルの龍くんや繊細で愛らしい作品に囲まれ、すごく居心地のいい空間でした。

昨年は、このブースを招聘作家の成富さんが担当していて、其の時はずいぶんと狭い印象でしたが、アーティストによってこんなにも印象が違うものかと面白く感じました。

真珠子さんのブースの両隣が、丸尾焼スタッフ関係の作品が並ぶ。
作品としては磁器を中心としたそれぞれの作品で、天草大陶磁器展のテントサイドと街中サイドをつなげるような雰囲気になっている。
器でもありアートでもあり、ギャラリーでもあり、販売スペースでもある。

そこから数十メートル先に木さんと高倉さんのコラボスペースがある。
展示スペースが広く、おそらく展示方法に大変苦労しながらも、ひとつのギャラリースペースとして完成されたものになっていました。
互いの作品がほどよく調和していて、引き立てあっていたように思います。

その上の階が成富さんのスペースになっています。
木さんのおすすめで、ワクワクしながら2階に上がると、昨年のギュッっと詰まった作品とは違い、開放された成富さんの作品世界が展開していました。

まるで時間が止まったかのような古びた埃臭いバーの中を流木で組み立てられたすごい勢いの何かが、一瞬にして空間を突き抜けている。
私たちは、その何かの残像を感じることしかできない。それは何かの警告でもあり、予言でもある。

今回の街中の中で一番の力作ではないだろうか。

そして、そのあと、丸尾焼パーティーに向かうことにする。

(おわり)  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 18:28Comments(0)日記

2012年11月19日

天草大陶磁器展:天草日記(天草巡礼^^)⑤

天草日記、お付き合いありがとうございます^^

天草大陶磁器展2日目のパネルディスカッション<陶芸における技とは>

陶磁器展出展者を中心に10人余りの座談会になり、対面のガチンコディスカッションとなった^^

私は、途中 売り場に行ったために少し離れたところから、パソコンでタイプしつつ、参加してました。

会の終わり、金澤氏がそれぞれに<技とは>を尋ねる。私にも、最後に聞かれる。

その後しばらくは、その私のとっさのコメントについて、頭を巡らせている。

深夜、パソコンに向いながら、そのこと長々と書いていますね^^

しかし、今思えば、なぜ金澤氏が ディスカッションにこのテーマを選んだのかが気になります。

ちょっと長いですが、続きをどうぞ^^


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金澤氏、私の思う「技術とは」

桜こころさん
「お客さんからのリクエストに答える技術力」

ネットの人
「技術は(工芸)・プラスαは芸術」

鯉江さんがチラシ制作への不満を愚痴る。
からの、陶石作品への評価。自然がつくる美。

あべちゃん、
技術とは、効率性を上げていく、その結果、既成概念により壁ができる。ので、間をとることも必要だと感じる。

松田さん、20日間かけ製作しました。らしい。

佑哉さん、
気持ちのもって行き方が、長けていたのではないだろうか。

おわり。


ではなく、、、私にも最後にコメントを求められた。


「おわり。」のところまでは、会場にいながらライヴでタイプをしていたが、ここからはまた振り返る形でPCに向かっている。(11月4日午前4時38分)

いろいろと記しておきたいことがあるが、なかなかタイピングが追いつかない><
昨夜のライヴのことを書きたいが、時間軸で進めたい。

私にとって技術とは、
まず、陶芸の技術とは を考える。
技術と言っても様々ある。陶芸にも もちろん熟練の高い技術を求められるが、別の分野の技術と比べるとどうなのか。
例えば、NASAの宇宙開発技術、スカイツリーを作る建築技術。IPS細胞やLEDなどの科学技術。そこまでいかなくても、スーパーに並ぶ商品の製造管理技術。さらには、クレーン技師やガンの外科医。それらの技術と比べ、陶芸の技術はどうなのか?

そう考えると、陶芸の技術とはある枠の中にあるものだし、それ特有のものがあると考えることができる。先に挙げた技術と単純に比較できないところもあるし、比較できるところもある。

ただ、技術という大きな枠から考えれば、その一部に過ぎない。
陶芸のわくの中にいれば、陶芸の技術とは大きな問題だが、枠の外から見れば、それほどの問題でもないのだ。

私は、陶芸の技術を否定しているわけではない。
私もこの世界に入り25年が過ぎてしまった。陶芸の技術はやはりそれなりに難しいものだし、特殊だと思う。
技術がなかれば作れない(生活できない)モノでもあるので、ある意味、技術にがんじがらめになっている世界でもある。
だからこそ、技術との距離感が大切になっていて、その上での解釈なのです。

それを踏まえての「私にとって技術とは」

かなり端折ってまとめると、2、3年前まで私のモノ作りの姿勢として「うまくなるな!」というものがあった。
これは先に話した「陶芸のがんじがらめの技術」に対してのアンチテーゼ的もので、技術と距離感を持つことで、個性が生まれ、簡単にいえば「いいものができる」という考えです。

だが、時代は変わるものですね。突如それが通用しなくなる。
そこで私は、それまでの考えを180度変え「うまくれ!」を軸とすることにしてた。

言葉で書くと簡単だが、なかなか発想の転換とは、なかなか難しいものだ。
大げさに言うなら、それまでの自分を100%捨てることになるのだ。
捨てたあと、何が残るのか自分でもわからない。何も残らないかもしれないが、残らなければそれだけの人間だったということで諦めるし。

ただ、それまでの自分を信じなければ、できないことである。
自分的には一大変革だった。

  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 20:14Comments(0)日記

2012年11月19日

天草大陶磁器展:天草日記(天草巡礼^^)④

天草日記は2日目に入ります。

その日の予定は、午後2時から鯉江良二氏を迎えてのパネルディスカッション<陶芸における技について>
夜は、丸尾焼にて懇親パーティーです。

今回初の試みで、ディスカッション会場にパソコンを持ち込んで、リアルタイムにタイプしてみました。

そのせいで、文体がバラバラですが、ライヴ感と理解して頂けたらと思います。

ではでは、続きです^^


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技とは、

コンテストのグランプリをとった松田唯さんをパネラーに選ぶ。
松田さんは、先端芸術課の生徒で、金澤尚宜さんとのつながりで、丸尾焼に滞在。陶芸の経歴では「合計一年足らず」の経歴。

準グランプリの金澤宏紀さんは、陶歴が有り、技術も高いものを持っている。この二人の差こそに「技とは何なのか」を考える上で答えになるのではないだろうか。

1、技がマイナス要素になっているのではないか。という疑問。

焼き物の技術の習得には時間がかかる。その上に、技術に固執する傾向がある。
マツダの作品には、焼き物を知っている人間はトライしないリスクがあるので、チャレンジしないのではないだろうか。
焼き物を知らないが上にできる作品ではないだろうか。

その上で、次のステップに進む上で、この技術への固執が足かせになっているのではないだろうか。という疑問と問題点。

「天草の産地化」からの発想で、天草には高い技術がある。

25分遅れで、なぜか、日比野さん登場^^

「なぜ、マツダがグランプリを取ることができたのか」という話。

日比野さん、自分お話。
松田さんと同じ25歳ころ、面白い絵からの広がりで、腕時計を作る企画。だか、はじめは、できないのではないかと言われる。
・・・ではなくて、「お前は分かっていない」と言われる。
技術は、無理難題に挑戦することから発展する。

金澤氏
経験値。
スタッフが作ったいかにも割れそうなオブジェ。割ると批判をするが、実際はわれずに焼きあがる。

チャレンジが大事ということか。

(25分頓挫。売り場にいた。)

その間、日比野氏は退席し、準グランプリのヒロキとグランプリの松田さん、陶芸家鯉江良二さんが参加。30分遅れww

戻ってくると、10人ほどで、輪になって座談会になっている。

おのおのが、グランプリについての感想、意見を言い合う。

あべまつさん、
「どのように作ったのか、単純に技法への興味が惹かれる」

松田さんのはなし・・おそらく、自分の作品について「根気」
だと説明する。

技術の対比として、根気。この発想は面白い。

金澤さんの話の流れで、「技術とは」的な話になる。

鯉江良二さん、かなりねむそうだ。。

鯉江氏、
グランプリについて「修正の積み重ねであるもの」というところが面白い。
「土が笑っている」と鯉江さん、技術の上にくる話。
技術からの「尺」の話。各々の尺を持っていて、それぞれでいいだろう!という話。

松田さん
「土は動くようなもの」

金澤氏、
「そうではない、可塑性から、型にとどまる。痕跡の要素もある。」

土の焼く前とやきたあとの性質の違いのはなしか。

鯉江さん、
「縄文」からの技術への切り口。

まとめ、

ここが思う「技術」とは

同じものがコンスタントにできること。逆に、歪んだものができなくなるジレンマ。

鯉江氏、
「天草にいて、それが揺らいでいる」
*それとは、今までの価値観「自分とはなんなのか」という問。
一生の価値観として「反戦・反原発」がある。それでいて、ジプシーでありたい。


鯉江良二「チェルノブイリ・シリーズ×森ヲ歩ク」。



(つづく)
  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 00:21Comments(0)日記

2012年11月18日

天草日記(天草巡礼^^)③

おはようございます!

天草日記を読んでいただき、ありがとうございます^^

日記は、まだ初日の夕方です。続きは、初日の夜の話になります。

では、続きをどうぞ^^


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ハイヤ

5時にイベント終了。今夜は7時からオープニングセレモニーの「ハイヤ」

7時開演だが、その前にコンテストの表彰式があった。

いろいろと感じるところだが、ひとつだけ上げると、コンテストはグランプリのマツダさんの作品評価がダントツだったようだ。
各審査員が賞の理由を話しながら表彰。審査側の意見が聞けて勉強になる。
なるほどな、と思う一方、こんなところに固執して評価されるんだと諦め的な感覚に陥る。

作品評価とは難しいものだ。短時間で数多くの作品を評価しなければならない。
そうなると、ほぼ直感的な傾向になるのと、評価の基準がより具体的にならなければならなくなる。
「なぜ私はこの作品を選んだのか」の明確な裏付け。
直感と評価の明確な裏付け この二つを満たす作品が選考されやすいと感じた。


そのあと、金澤氏の超短縮挨拶のあと、会場が待ちに待った「ハイヤ」が始まる。


日南市出身で日南市に滞在している私が、日南の踊りよりも、この天草のハイヤに触れる機会が多いのはどういうことかと少々の疑問を感じながら、目の前に繰り広げられる素晴らしい踊り。

牛深から受け継いでまだ歴史は新しいものの完成度の高い文化となっている。
各団体の確固とした信念を柱に、古くをただ継承してしているのではなく、まさにリアルに繰り広げられる文化芸能。
リズム・三味線・唄・踊り どれもがバランスが良い。
舞台上でこれだけの完成度ならば、本番の祭りではさぞ素晴らしいことは想像される。

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ハイヤの資料として、YOUTUBEをUPします。



  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 09:54Comments(0)日記

2012年11月17日

天草日記(天草巡礼^^)②

本日、2回目の投稿です。 よろしくお願いします^^

天草日記のタイトルに<天草巡礼>と付けさせていただいてます。

これ、実際に天草には教会が多く、天草を巡礼するというと、宗教的な意味合いがあるので、
少し悩んだのですが、自分の中では、この言葉がピッタリとくるのです。

教会や聖地を巡るわけではないですが、<天草大陶磁器展>には、テントでの展示販売だけではなく
いろんな催し物があり、それを時間を見つけて巡って行く楽しみがあるのです。

それに、私にとってこの6日間は、<自分にとってものつくりとは>といったことを
じっくりと考えられる時間であり、それぞれの催しがそのヒントになるものなのです。

一つ一つの会場をめぐることにより、自分の感情が膨らみ、満たされていく感覚は、
巡礼に近いものなのかもしれません。

それでは、天草日記(天草巡礼^^)② をどうぞ(/ ̄^ ̄)/ ̄ \(。_ 。\)


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今回初めて、陶磁器展コンテストにエントリーしてみた。

これは、去年からの私の課題で、正直、申し込むことに意義がある、と自分に言い聞かせつつ、しかし、もしかしたら何らかの評価があるかもしれないと、期待もしていた。

今日は、その審査があり、結果が発表される。審査委員には、私が十代の時よりファンでもあり、影響を受け続けている日比野克彦さん、と、私が陶芸とは何かを学んだ常滑で、巨大な影響力を持ち、直接ではないもののそのスタイルが私の中に存在し続ける鯉江良二さんが含まれる。
よって、私にとって心底評価してほしいコンテストなのだ。だが、結果は入賞からはもれてしまった。
正直残念だ。
コンテストに関しては、改めて書きたいと思う。今日は、このことはそっとして欲しい気持ちだ。


午後三時からはパネルディスカッションが有り、パネラーに熊本県副知事、天草市長、日比野克彦氏、を迎え、実行委員長の金澤氏が司会を務める。
今回も「陶石の島から陶磁器の島」をテーマに話し合われる。 

昨年は、鯉江良二氏、青木良太氏を迎え、作り手からの視点での話だったが、今回は、行政からの視点で話し合われることになる。同じテーマだが、切り口の違う内容だ。
話は「天草の陶磁器の産地化」

話の端々に、金澤氏が本気で産地化を想い、その現実化に様々なアイデアを発想している事が感じられる。その一つの提案として、「陶芸+α」だ。

産地化構想の中には単純に天草に陶芸に関わる人間をどんどん増やしていくとういう発想がある。具体的には、陶芸を志す若者の定住だ。
だが、焼き物だけではなかなかめしが食えないのではないだろうかという危惧がある。
そこでのプラスαだ。

例えば、農業をしながら、例えば、パソコン技術を習得しながら。
そのような、新たな「天草モデル」を提案できないどろうかということだ。そのバックアップに行政が乗り出してくれないだろうかと。

天草市長としては、
どこまでお金を出せるのかは具体的には言えないが、全面的に同感である。新たな生活スタイルとしての「天草スタイル」の提案が、新たな日本の幸せのモデルとなるのではないだろうかと。
行政のお金の使い方として、これまで物を重視したが、そのを「幸せ」や「こころ」に対して向けていく時代になっているのではないだろうか。

日比野氏は、
金澤氏の提案する、生活としての「陶芸+α」とは、まるで、「半陶半農」ではないか。どこか消極的な感じがする。そこから生み出される創造性や発信力のエネルギーが少ない感がある。
「全陶全農」と提案すべきでは。

金澤氏、「では、全陶全農で^^」

副知事は、
「日本人はこれまでの価値観をもっと変えていかなければならない。バブルや高度経済成長の日本はもう戻ってこない。その時の成功モデルはもはや通用しない。この閉塞した日本を先に進めるのは、爆発的な、アナーキーな発想なのではないだろうか。」

天草の産地化という提案から、様々な広がりができてきて、その動きが着実に効果を出している。
しみじみ、陶芸を生業としている人間にとって、このあまくさが素晴らしい地であると確信できた。

私も、天草定住をちらりと考えたりするのだ。

(つづく)  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 16:56Comments(0)日記

2012年11月17日

天草日記(天草巡礼)①

今日は、11月17日(土)です。

11月は、いろんなことがありました。

10月31日から熊本天草に入り11月1日から5日まで<天草大陶磁器展>に出展

6日の早朝に北郷に戻り、その日は、大分からギャラリーさんが来るので、朝から展示場を片付け、天草にもっていたものを全て並べました。

そして、すぐに11日の高城石山観音池公園での<ココクラ マルシェ>にむけて、どうしても新作の小皿を焼きたかったので、急遽制作。

素焼き、本焼きを経て、10日の夜中に窯出し、仕上げ、梱包。

そして、11日はココクラに出店!

次の12日は 昼から若手工芸家プロジェクトの写真撮影の打ち合わせ。なので、午前中に、ココクラの荷物を降ろしたりする。

13日は、また、展示場の整理と注文制作。(この日は少しのんびりできたかな^^)

14日は、午前中は北郷で陶芸教室、午後から、日南<さんぽ>の体験。夕方から、宮崎市で<宮崎県くらしの工芸展>の集会。一応、私が実行委員のため、いろいろ準備。けど、会場に行けたのは開始10分前でした><

15日は、午前は、日南<さんぽ>(就学前さん^^)の体験。午後からは、佐土原で<若手工芸家プロジェクト>の打ち合わせ。

で、昨日、今日、、 という感じです。

そんなこんなで、ようやっと、熊本天草での出来事を振り返る気持ちの余裕ができました。

今回、天草に行く前から、できるだけ天草での出来事を文字で記録しようと考えていました。
ので、パソコンを持っていったのですが、なんせ、次から次にいろんなことがあるし、タイピングは下手だし、ましてや文章を考えるのに時間がかかるで、天草では、半分も書けていません。

とりあえず、書けているものを少しずつUPしながら、後半、まとめていきたいと思います。

では、天草日記(天草巡礼)①をどうぞ^^


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天草で感じたこと

北郷から約4時間、一年前と変わらず、いや、それ以上に天草の海は輝いていた。

陽は射していたが、去年とは違いどこかくすんだ空だったが、そのように感じたのはおそらく私の気持ちからだろう。昨夜2時間しか寝ていない私は、すこし憂鬱な気持ちを持ちつつ、それ以上に、というか、それを遥かに超える期待感と高揚感で満ち足りていた。

もうすぐ、本渡につく。海をぐるりと回転しながら、橋の上を滑るように車を走らせた。
会場のテントに着くと、早速懐かしい顔と出会う、一年ぶりの出展者たち。懐かしいとは言っても、顔を見ると、まるで何時もあっているような感覚になる。

「こんちはー!一年ぶりです^^」

夕方、展示も終わり、港に止めた車に向かう。陽がかけり薄暗い駐車場で、しみじみ一年ぶりの天草の海の空気を感じる。

「あれから一年かー」心の中で、「ぜんぜん、そんな感じがしない」とつづく。
では、最近か、といえば、そうでもない。一年前とは違う自分がここにいる。出展作品も変化しているし、確実に一年間という時間が過ぎていることは確信できた。

そのまま、天草の夜。疲れて寝不足な私は、お風呂に入り、すぐに就寝する。


展示会初日

朝、静かな朝。海と朝日を見ながら、パンとカフェオレを飲む。

朝礼が8時なので、ゆっくりするまもなく会場に向かう。値段付けなどまだ済ませていない作業をしながら、時間が進む。

オープニングセレモニー。

このイベントが「陶石から陶磁器の街に」というコンセプトの元、市や市民など様々な想いのこもった行事であることを感じる。今年は過去最大の出展者数。これはますます拡大していくだろう。

実行委員長金澤さんの想像がパズルのように組み合わさり、確実に形になってきている。あくまでパズルを組合わせるようにゆっくりだが、しかし、確実に現実化している。その一端に参加できていることは、嬉しい限りだ。

初日は、ぼちぼちの来客数。作りたての新作がすこし動いてほっと一安心しつつ、心は、コンテストの方へ向かっていた。  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 09:28Comments(0)日記

2012年11月13日

ココクラマルシェを振り返って


今日は、昨日の天気とは一変して爽やかな秋空の朝でした。
どんぐりがボタボタと大量に投下中の北郷工房です。

きのうの高城石山観音池公園でのココクラマルシェも終わり、
今朝はちょっとゆっくりとした気持ちで紅葉を眺めたりしています。

ここ数日で、めっきり赤く色付いた楓たちですか、紅葉は、葉に色がつくのでなく、色素が抜けることで起こるらしいですね^^

冬に向け植物の活動がだんだんと少なくなり、葉っぱにめぐっていた葉緑素なくなり、赤や黄色に変化していく。

そう考えると、なんだかしみじみとした感じが増します。

人間に例えるなら、黒々とした髪から白髪へ、そして、少しずつ抜けて薄くなっていく、、w

色が付くのか、抜けるのか。

けれど、これも気の持ちようで、色づくほうがワクワクしますよね。



昨日の、<cocokura marche>のテーマは、
< 心 か ら 心 地 よ い と 思 え る 暮 ら し を 見 つ け よ う > です。

テーマ略から<ココクラ>なのですが、

そのテーマに沿った本当に素晴らしいイベントで、今年で第2回目ですが、規模、内容とも宮崎を代表する手づくりイベントだと思います。

すばらしい点はたくさんあるのですが、その一つが、会場に満ちているピースフルな空気です。

それは、イベントが始まる前の資料送付の段階からイベントの搬出が終わるまで、ずーーと感じられるのです。イベントが始まる前から感じられると言うのも変な話ですが、おそらくこれは、運営者、実行委員の方々から来るものだと思います。

テーマの<心から心地よいと思える暮らしを見つけよう>のコンセプトが、はじめから終わりまで貫かれているのです。
これは、すごいことです!

大なり小なりいろんなイベントがありますが、それを運営することは、実際には大変な作業です。私も<宮崎県くらしの工芸展>の実行委員をしていますが、思いもよらないところで引っかかって物事がなかなかうまく進まなかったりすることは、当たり前によくあることです。

出展者の選別に頭を悩ませたり、場所の割り振りや連絡事項の資料つくり、さらに会計作業やポスター・パンフデザイン、印刷、会場の手配、スポンサーやスタッフ集めなど。

しなくてはならないことも沢山で、だんだんと妥協がでてきて、はじめのテーマとやっていることがずれていくこともよくあることだったりするのです。

ココクラになぜそのようなブレが起きないのかと考えると、実行委員の方々が日常生活でもこのテーマをしっかりと持っていらっしゃるからだと思うのです。

いわば、自分たちの生き方から発生したイベントで、企画屋が外枠だけ固めて作った中身の薄いそこら辺のイベントとは別物なのです。

私が思うに、<心から心地よいと思える暮らしを見つけよう>という言葉は、一見、牧歌的でフワフワした感じもしますが、実際にそれを行動するには、自分の生き方に対する強い信念と何事も恐れない強い行動力が必要なのではないかとおもうのです。そして、このイベントはそれを持っている。




会場にて午後4時、実行委員からイベント終了のアナウンスが流れると、会場から自然と拍手が広がりました。

それは、終わってホッとしたというよりも、会場にお越しいただいたお客様に、出展者としてイベントのテーマを十分に伝えることができたという充実感からくるもので、出展者からイベントの成功を表現したものです。

実行委員の想いが、音楽のライヴ会場のようにその場にいる人々に伝わり広がっていく。本当にすばらしいです。

さて、今年のココクラは終わってしまいましたが、そのテーマは生き続けています。

< 心 か ら 心 地 よ い と 思 え る 暮 ら し を 見 つ け よ う >

その強い前向きなメッセージを持つことで、日常生活のワクワクがいつもより増したりするのです。
  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 02:09Comments(0)日記

2012年11月09日

ココクラマルシェ!

こんばんは。

11日の日曜日は、高城石山観音池公園にて <c o c o k u r a m a r c h e > が開催されます。

私も参加します!

場所はここです↓


午前10時から4時まで

ちょっと天気が心配ですが、屋外での展示を楽しみにしたいと思います。

今回は是非とも新作のうつわを ココクラにもって行きたかったので、

天草から帰って、急遽!新作豆皿を追加制作しました。



本日、本焼き中で なんとか持っていきたいと思いますので、

ぜひ 手にとっていただきたいと思います。  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 21:22Comments(0)日記

2012年11月08日

熊本天草に行ってましたー!

こんにちは!お久しぶりです。

早いもので11月も上旬を過ぎようとしています。

前回の投稿から、いろいろありまして、主には 11月1日から開催された<天草大陶磁器展>に向けての制作で

全く時間的にも心身的にも 余裕がなく 投稿ができませんでした><

今年で3回目の参加になる 熊本天草でのイベントですが、

本当に楽しみにしていました。私にとって重要なイベントになっています。

あまりにも得るものが多く、言葉では簡単に言い表せないです。

とりあえず、会場の様子の写真をUPしますが、後日、天草で感じた6日間をじっくり紹介できたらと思います。

いまは、11日に高城:観音池公園で行われる<ココクラマルシェ>にむけ、またしてもギリギリの制作をしています。

頑張ります!





  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 23:54Comments(0)日記