› 陶studio ブログ › 2015年09月

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Posted by みやchan運営事務局 at

2015年09月18日

阿蘇へ!

 こんばんは!

明日から 連休ですが、

私は、阿蘇に行ってきます。

南阿蘇アスペクタ で開催される BBフェス に参加してきます。

http://minamiaso-bbfes.wix.com/bbfes

ライヴやらいろいろで

よくわからないイベントですが、

楽しんでこようと思います。

今日は、梱包や積み込みの用意をしてました。



新作の 箸置き や ブローチ など

も持って行きます。

朝6時に搬入なので

今日は 早めに寝て

夜中に 高城を出発する予定です。


そのため、19,20,21日は

高城工房は休みになります。

ご了承ください。  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 20:37Comments(0)日記

2015年09月06日

戦争と平和 8月に考えたこと

こんにちは。

ブログの更新が 久しくなってしまいました。

申し訳ありません。

約一か月ぶりの更新ですが、

暦は8月から9月に変わり

ずいぶん秋の気配を感じるようになりました。



この一か月間は、日中の暑さにバテながらも

制作に集中していました。

あと、色々と考えさせられる一か月間でもありました。



一つは、戦争について

今年は戦後70周年ということもあり

様々なメディアで特集がされていたし、

国会での安保法案のこともあり、

戦争と平和

について、時間があると

ぐるぐると考えていました。



もう一つは、デザインについてです。

やはり、今回の東京オリンピックのエンブレムの騒動は

色々と考えさせられました。

デザインとは何か。

クリエイターとは何か。



3つ目は、前の2件に関係していることですが、

ネットのチカラ についても

無視できないでいます。



オリンピックエンブレムの白紙撤回は、

ネット民の影響が大きいし、

安保法案に関しても、

ネット上で 激しく賛否の意見(罵り)が交わされています^^



私のFB(フェイスブック)上でも 法案の賛成派と反対派がいて

それぞれに 熱く様々な情報をUPしているのですが、

そこで興味深いのは、

賛成派も反対派 どちらも <平和>な日本 を目指しているということです。



安保法案は、<平和>な日本を作る(保つ)のに必要だ。

という意見と、

安保法案は、日本を<平和>ではない方向に進めていく。

という考え。



これを逆に言い換えることもできます。

安保法案を廃案にすることは、<平和>な日本を作る<保つ>のに必要だ。

安保法案を廃案にすることは、日本を<平和>ではない方向に進めていく。



賛成か反対か 自分の立場をハッキリさせ、意見を言っている人たちは、

日本の<平和>に対して 真剣で まじめな人たちといえます。



それにしても、

なぜ、同じ目的を持っているのに、すすむ方向が真逆なのか。

そのことを

ぐるぐる考えていたのです。



約一か月考えて、一つの結論に達したのですが、

そのことを書こうとしても なかなかうまくいきません。

第一、このことについて長々と このブログに書くことが 良いことなのか

疑問もあります。



ちょっとだけ書くと、



<平和> の反対が <戦争> であり

<戦争> の反対が <平和> なのか。 そうでないのか。



<平和> と <戦争> は、相容れないものなのか。 そうでないのか。



<平和>のための<戦争> という考えは 成り立つのか。 成り立たないのか。



という問題です。



それには、それぞれ

<戦争> とは何か。

<平和> とは何か。

を<考える>必要がありますし、

 <感じる>必要があります。



<感じる>必要とは、この問題は、<考える>と 深い迷路へと引きずり込めらまれ、なかなか答えが見つからないのですが、

<感じる>と、意外に簡単に答えが出てきます^^

簡単すぎて、 本当にこれでいいのかな? とまた、考えてしまうのですが、、



戦後70年たち 戦争被害者の証言者(伝承者)が少なくなっていると言われています。

思えば、彼ら(彼女ら)は何を伝えたいのかといえば、<戦争の感覚>です。

戦争を<感じる>ことです。

だが、日本では確実に この<戦争を感じる力>が薄れてきています。

戦争を<感じる>が消え、

戦争を<考える>だけの人が多くなっているのではないかと思います。

<考える>ことしかできない人は、自分の脳みその中で 道理が通れば、

<平和>のための<戦争>も成り立つのか?

という疑問にも、真顔で迷わず「はい」と答えてしまったりします。



そこで私が考えるのは、

この消えゆく<戦争の感覚>を <考える>ことしかできない人にもわかるように伝えていくことだと思います。

<考える>ことしかできない人に、戦争の悲惨さや悲しみ、怒り、屈辱、、これらの<感覚>を伝えようといくら言葉を並べても伝わりません。

なぜなら、<感じるチカラ>がないからです。

彼らにしてみれば、安保法案反対のデモをしている人たちは、ただ感情的に騒いでいるだけ としか見えないのです。

彼らを説得させるには、<厳密に数値化された膨大な資料>や<事実のデータに基づく客観的な考察>が必要になります。

しかし、それは容易ではありません。

まず、日本の場合、先の戦争で何が行われたのか。その事実が曖昧なままだからです。

安保法案賛成派も反対派も 戦争の事実を知りたいはずです。

なぜなら、彼らは <日本の安全>を真剣に考えている人たちだからです。

それぞれが独自の情報を元に考察しているので、議論が噛み合いません。



ただ、このアイデアに対し、違和感を感じる方もいるのではないでしょうか。

人の命の重さや悲しみを数値化できないし、ナンセンスだと。

私もそう思います。

しかし、感情に訴えるだけでは <感じることのできない人>には伝わらないのです。

ただ、逆にハッキリとした根拠を提示できれば、納得してくれると思います。



だれかそういう人はいませんか?

経済学では、少し前に話題になった ピケティが「21世紀の資本論」で膨大な資料を基に資本主義の問題点を提示しました。

<戦争>について このように問題点を提示した人物はいるのでしょうか。



あと、さらにナンセンスな話になりますが、

<平和>についても 客観的な考察が <感じることのできない人>には必要です。

<平和>を数値化し、その必要性を説くのです。

これは冗談ではなく、まじめな話です^^

しかしそれは、<戦争論>よりも 難しい作業になるのかもしれません。



ちょっとだけ書くつもりだったのですが、

少し長くなってしまいました。

けど、これでも考えたことのほんの一部にすぎません。

なかなか伝わりにくい話ですが、

すこしわかっていただいたでしょうか。
  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 18:11Comments(0)日記