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2016年08月31日

9月の予定

 こんばんは!

もう 9月になるんですね!!!

オドロキですオドロキ

8月は、9月からのイベントに向けて

休みなく 制作に打ち込んでいました。

新作いろいろできています。





9月は、まず


2日(金)~4日(日)に

くらしの中の陶磁器フェアIN熊本 に 久しぶりに出展します。

今回は、震災のため会場が 宇土シティーモール特設会場で行われます。

いつものように カントリークラフトフェア と同時開催です。

そのあとは、


宮崎市 ギャラリーアヴァンセ にて

碗+LOVE 展に参加します。

宮崎の若手を中心とした7名の企画展です。 碗を中心に展示販売します。

9月7日(水)~19日(月) まで

どちらもよろしくお願いします!  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 21:56Comments(0)作品展・イベント案内

2016年08月05日

なぜ、パラリンピックは必要なのか。 ⑦

 こんばんは。 続きです。


ヒューマニズムは、人間の可能性を追求する。 


「 オリンピックが素晴らしいのは分かった。

だがそれは、手のない人間には無理なのか?」


手のない人間、目の見えない人間、足のない人間には、できないのか?

人間の可能性はここまでなのか?


これは、無視できない問いかけだ。 

ヒューマニストは、是が非でも 「いや、できる!」と 断言したい。 断言しなくてはならない!

そして もし、それが断言できたのなら、<新たな人間の可能性> を証明したことになる。


だが、それを証明するにはどんな方法があるだろうか?

オリンピック選手が、目隠しをしたり、足を固定したりして、証明できることだろうか?


いや、できない。

では無理なのか。。


いや、それを証明できる人たちがいる。

いるじゃないかっ!!


それを証明するには、実際に 腕のない人や、目の見えない人たちでなくてはできない。

いわば、彼ら・彼女らは、それを証明できる唯一の人間といえる。


私にはできないが、代わりに彼ら・彼女らが <人間の可能性> を証明してくれる。

ボルトがしてくれたように。


それが、 パラリンピック だ!

  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 21:39Comments(0)記事

2016年08月04日

なぜ、パラリンピックは必要なのか。 ⑥

 こんばんは。 続きです。


それを踏まえると、なぜ、ドーピングがいけないのかわかってくる。

それは、単なるルール違反ではない。

ドーピングが意味するものは何か?

それは、人間の可能性の否定だ。


人間の力はここまでで、あとは、クスリを使わないと達成できない。 と自ら認める行為だ。

それは、人間の素晴らしさを証明するものではなく、

人間が愚かであることの証明にほかならない。

この行為は、絶対に許されないのだ。



オリンピックは<人間の素晴らしさを証明する>大会だ。

その記録は、人間の身体能力の可能性を示す。


<人間は、100mを最速9秒58で走ることができる>

と、堂々といえるのも、ウサイン・ボルトがそれを証明したからだ。



そして、それは、人間である私(たち)にも、その要素があることを証明したことになる。

そう考えると、ヒューマニズムは 非常に力の湧いてくる考え方だ。


私自身は、速く走ることはできないが、

代わりに、ボルトが、私(たち)に その能力があることを証明した。

<人間> というくくりでは、私もボルトも同じであり。

彼の業績をダイレクトに受け取ることができる。

「私=人間は、すごい!」

ボルトが、私自身の新たな可能性を証明したのだ。


世界中のあらゆるチャレンジャーは、できない私の代わりに挑戦している。

と考えると、ワクワクしてくる。


つづく  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 20:29Comments(0)記事

2016年08月03日

なぜ、パラリンピックは必要なのか。 ⑤

こんばんは。 続きです。


ほかには、 ユネスコの世界遺産 も ヒューマニズムがベースになっている。

ユネスコのHPに、「世界遺産とは、 」の説明がある。

『世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれてきたかけがえのない宝物です。現在を生きる世界中の人びとが過去から引継ぎ、未来へと伝えていかなければならない人類共通の遺産です。 』

基準の柱が <人間>であることがわかるだろう。

人間がいかにすごいかの証拠を残す。 ということだ。 

なので、日本も世界遺産に選ばれているものがいくつもあるが、 その認定に

「日本はすごい!」 という意味は含まれない。

「人間はすごい!」という意味があるのみだ。


そして、この<ヒューマニズム>の最大の祭典が、 オリンピック だ。

<ヒューマニズム> を踏まえると、オリンピックが ただの国際運動会 ではないことがわかる。

それは、 <人間の素晴らしさを証明する> 大会なのだ。

例えば、オリンピックの開会式。

そこにも<ヒューマニズム>のメッセージが込められている。



毎回、開催地が趣向を凝らし、盛り上がるが、

これは単に 開催地紹介ではない。

そこでは、 その土地で、人間はどのような活動をしてきたのか、

どんな歴史があったのか、それを振り返るという意味がある。

べたな言い方をすれば、 人間賛歌 だ。


大変なこともあっただろう。

過ちもあったかもしれない。

喜びに沸くこともあっただろう。


そして、確実に言えるのは、

その先人たちの歴史の積み重ねがあるからこそ、

いまの私たちがいる。

そして、今を生きる我々が、まさに今、新たな歴史を作ろうとしている。

スポーツにより 人間の素晴らしさを証明できる選ばれた者たちが集い

我ら人間の新たな可能性を証明するのだ!  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 20:56Comments(0)記事

2016年08月02日

なぜ、パラリンピックは必要なのか。 ④

 こんばんは。

またしても、人間の可能性を証明した すごい記録が誕生しました!

スカイダイバーのルーク・エーキンス氏がパラシュートやウイングスーツなしで2万5000フィートからの歴史的ジャンプに成功


これを見て、あなたはどう思いますか?

「なんで、こんげなこつ せんなんちゃな」 ですか^^

これを 意味あり と捉えるか、意味なし とするか。

これで、あなたがヒューマニズムかどうかわかります。

ヒューマニストにとっては、この記録は 間違いなく 素晴らしいものです。

心の底から 誇れる記録です。


<ヒューマニズム>を少しでも理解すると、様々なものが違って見えてきます。

考えてみると、私たちの生活は、西洋の文化・風習に囲まれています。

それらには、<ヒューマニズム>がベースになっているものも多い。


例えば、 < One for all All for one > という言葉が、わかりやすいと思う。

これこそ、ヒューマニズムが生み出した言葉だといえる。

スポーツでよく使われるこの言葉、

イメージとしては、 試合前、チームのメンバー全員が輪になり、胸をはり、声高らかに宣言する感じだ。


「 われは、誇り高きチームの一員なり!!」 


三銃士の中でも、この言葉は出てくる。



なんとなく、力が湧いてくる感じがわかるのではないだろうか。


この言葉には、いろんな解釈があるが、文字だけみて意味を探ってもわかりません。

「えい、えい、おー!」に 言葉の意味がありますか?

この言葉は、皆が一斉に発することに意味があります。 皆の声が一つになり、

一人一人の誇りが集まり、一体となることが 素晴らしいのです。


ところが、ヒューマニズムのない世界では、

それが、 <自己犠牲> や <全体責任>

といった意味になってしまう。

それでは、<誇り>もなにも、あったもんじゃない!

この言葉は、選手自ら、声高らかに宣言するものであり、

指導者が、選手に対して強制する言葉ではない。

もし、そんな指導者がいたなら、

< One for all All for one >

の言葉を汚しているあなた自身だ。 と言ってやりたい。

つづく  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 19:44Comments(0)記事

2016年08月01日

なぜ、パラリンピックは必要なのか。 ③



こんばんは、今日から8月、ますます暑くなってきましたアセアセ 続きです。


<人間は特別な存在だ!>

<人間であることが誇らしい>

<人間は素晴らしい!>


これを聞いて、なんかピンとこない人も多いと思う。

なぜなら、日本では <人間は小さな存在だ> と教わることが多いからだ。

<人は、自然の力にはかなわない>

<人一人の力は弱いが、束になれば強くなる> (束にならないと強くないと認めている)


日本では、慎ましさや協調が良しとされ、その逆は、<わがまま><自己中心的>として否定的だ。


だが、この<人間であることが誇らしい> <私は素晴らしい!> と、<わがまま><自己中>とは、

明らかに違う。


エレン・マッカーサーは、わがままなのか?

ツール・ド・フランスの勝者の証であるマイヨジョーヌ は、<自己中>の証なのか?

その答えは、いずれも NO だ。

では、何なのか?


調べてみると、これらの考えは<ヒューマニズム>と言われ、西洋文化の根底にあるといっていいほど重要なものらしい。


<ヒューマニズム>を調べてみると

1. 人間にとって人間が最高で、人間性こそ尊重すべきものだとする、態度・思想傾向・世界観。
例、人間が具えるべき理想の資質に誇りをもってそれを伸ばそうとする、キケロの態度や、イタリアのルネッサンス期に始まって欧州に広まった、
古典を重んじ教会の勢力に抗して人間性の解放・向上を目指す運動。人文主義。人本主義。

とある。



しかし、この感覚を真に理解するのは難しい。

私は、仏教系の幼稚園を出ているので、

<人間は小さな存在であり、仏さまにいつも守られている>という思想が、芯まで染みている。

急に、<人間にとって人間が最高だ> と言われても、正直 ピンと来なかった。

だが、この感覚を理解できないと、彼ら、彼女らの真の素晴らしさが理解できない。

それに、この<ヒューマニズム>が、感覚としてわからないと 話が先に進めない!

いろんな考えはあると思うが、とりあえずは、ヒューマニストにもらいたい^^


すぐにできるいい方法があります。


その場でいいので、胸をはり、 天をすこし見上げながら、

堂々と大声で 「 われは、人間なり!!」 と言ってみましょう。


はじめは、気恥ずかしいかもしれませんが、段々と 慣れてきます^^

「 われは、人間なり!!

近くに、理解者がいたら、一緒にしてみましょう

効果100倍です。

「 われは、人間なり!!


10回ぐらいでも言ってみると、すこし、この感覚がわかると思います。

この感じが、<ヒューマニズム>です。 たぶん^^


そして、この感覚を理解できると、 

あの <エレン・マッカーサーの女性初単独無寄港世界一周>を伝えるアナウンサーの絶叫も理解できてきます。


彼女の行動は、人間の可能性を拡大させるものであり、

私たち人間の素晴らしさを身をもって新たに証明したことになるのです。

それは、人間史に新たな一行を加えることであり、

間違いなく偉業と言える。


単に大変なことを成し遂げたのではなく、我ら人間の素晴らしさを証明した。 と言えるのだ。


つづく  


Posted by 陶STUDIO・サキムラ久 at 20:31Comments(0)記事